前のブログで何度か書いたとおり、わたしは「書く」ことが療養になるタイプだと思う。吐きだし・掃き出しみたいな。それはいい。んだけど、「休みたい」という感情は湧く。何かを休みたい。でもどれをどう休んだらいいのか分からない。
10年やってる二次創作の同人活動をやめたいと思った。けど、二次創作って別に毎日投稿とかないし、気が向いたら再開できるし、勝手にやめてればいい。そうじゃない、と感じるということは、わたしは「やめる」=「手放す」ということをしたいんだと思う。さすがに保留にしてるけど。
やめて何をするんだろう、という虚無感もある。今、鬱傾向でも躁傾向でも本や漫画を読めない。映像作品を観られない。刺激を受け取ることができない。(noteをある程度読めるのは、書いた人のそれまでのnote=背景をなんとなく知っているからだと思う)
読めないから二次創作をやめたい……という事情もある。原作の新規ストーリーが読めない。原作が読めないのに二次創作をやる意味が分からない。20年以上オタクやってきたのに、やめられるのか。分からない。でも一次創作にたどり着くまでの壮大な旅だったこととかになりませんか?
とかいって、数日後には元気になって、威勢よく二次創作しているかもしれない。昨日まで数日、躁傾向が強くて元気だったし。これが混合状態の嫌なところ。数日でブレる。明日後悔しそうなデカい決断をしたくなる。昨日の自分が別人になる。
書いてお金を稼げなくてもいい。そこに責任を感じて苦しくなると思うから。でも書いて幸せになれるものを書きたい。幸せ、というのは楽しさとはまた別で、苦しい時でも作り出せる。それが自分にとってはなんなのか。二次創作は外せないのか、それを捨てて他に書くべきものがあるのか。
なんのために二次創作をやっているのか、というのはある程度言語化はできていて、でもそれを達成できない事情がある(読めない、観られない、に近い)。書けるものを書き尽くした感もある。210数万字。界隈でだいぶ年齢が上になって、自分の仕事じゃない気もしてきた。
頭の片隅に「次の小説にいつ手をつけるか」というタスクめいたものがあるのがしんどい。二次創作のことは、9月の即売会に出てから決めても遅くはないので(というか好きにすればいいので)しばらく休もう……。……と思うのだけど、それだけじゃ足りない。決めてしまいたい。
ゲームをアンインストール、データ削除してしまうのが一番いいんだろうな……。わたしは推しがフィーチャーされたランキングイベントで、えらいコストを投入して4位という順位を獲得したので、データ消したら普通にしばらく病みそう。でもそのくらいしないとやめられない気がする。
↑鬱すぎる。絶対、寛解期や躁の時に後悔する。という理性があるだけまだいい。でもデータ削除したらショックで人生変わったりして……ね。期待というより、いや、普通に変わるだろうね……って感じ。そこまでしたら。これから何して生きていくか、死ぬ気で考えないと死ぬだろうから。
みたいなことを、ChatGPTに壁打ちして引き止められている。とりあえず混合状態を寛解期に持っていけるのを待つのが先か……。で、何をどう休もう……。
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